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城戸・笹部・千葉研究室

城戸の独り言

2001年04月23日
米沢が熱い

 今年の冬は米沢では60年ぶりの大雪でね、積雪量は通算で10メートルですか、それはもう大変だったんですよ。大阪生まれの私なんか、氷河期が来たかと思いましたね。その長くて寒い冬が終わったと思ったら、急に米沢が熱くなりましてね。といいましても気温じゃなくて、ちょっとばかし人々が熱くなってるんですよ。4月12日の山形新聞朝刊の社会面に次のような記事が掲載されました。肝心なところを抜粋します。


堀切川山大工学部助教授が東北大に転出

豊かな発想、次々と製品開発
名物教官『残って』市民らが署名活動展開

(中略)


 国内の7千人の研究者によるアンケートで、もの作りで日本をリードする研究者の筆頭に選ばれるなど、学外での評価は高い。学内でも「それなりの処遇をするべきだ」という声が上がっていたものの、学科内での助教授の昇進が議題に上がったことはなかったという。
 転出の動きに対し、市内を中心に先月末から異例の署名活動が展開された。発起人となった市内精密機構部品製造メーカー社長は、「56人の従業員中、13人が山大工学部の出身。多くの若者が入学したくなる魅力ある山大にするために、堀切川助教授は必要な人材だ」と残念がる。


 東北大は11日、研究科教授会の投票で、堀切川助教授を教授として採用することを決めており、転出は避けられない情勢。工学部の奥山克郎学部長は「教官人事に希望を述べることはできても、深く介入できない。しかし工学部を代表する顔の一人として、米沢で活躍していただければと思っていた」胸の内を語る。堀切川助教授は「熱い思いに対しては、素直に心から感謝したい。今後も(中略)社会貢献に全力を尽くしたい」と話している。


 ねっ、熱いでしょう。
 堀切川(ほっきりがわ)一男さんというのは、年齢は私よりちょっと上の44歳、摩擦工学の専門家で、これまで地元の企業の指導や共同研究、滑らない靴底などの製品開発ばかりでなく、研究面でもウッドセラミックス、米ぬかセラミックス(本人はRBセラミックスとカッコよく呼んでいる)などの材料開発、また専門の知識を生かして、日本冬季オリンピックチームのボブスレーのランナー(滑る刃の部分)の設計を行うなど、非常に幅広い活躍をされてきました。なんせ年間の来客数は200を超え、新聞、雑誌、テレビ出演などは数限りなく、山大工学部指名ナンバーワン教官でしたね。わたしなんぞ足下にも及びませんわ。お若いにもかかわらず、学長なんかより有名で、もちろん大学の顔でしたね。そのうえ、話し上手で口八丁手八丁、講演は最高に面白くて、漫談的学術講演は天下一品です。学生、市民、県民、飲み仲間から好かれた、そんな人が転出してしまうんですからみんな黙ってられませんよねえ。

新聞報道によりますと、そもそも問題の始まりは、山形大学工学部機械システム工学科の教官人事にあるようです。すなわち、教授に昇進させてもらえない堀切川さんが我慢できずに東北大に教授として転出しちゃったということでしょうか。しかし、ハッキリ言って東北大の方が山形大より大学としての格が上ですし、ポストも教授ですしね。助手はとれるし、研究室は広くなるし、研究費は多くなるし、美人の秘書はいるし(?)、ご本人にとってはこんないい話はないんではないでしょうか。ただ、山形大学にとっては有名助教授がいなくなって大きな痛手ですよね。イチローのいないオリックスみたいなもんですよ。新庄のいない阪神とはちょっと違うかもしれないけど。

一般の人には大学の人事がどのように行われるのかご存じない人が多いかと思いますので、少し説明しておきましょう。
 まず、組織ですが、大学にはいろんな学部がありまして、たとえば工学部とか文学部とかね。学部には専門の異なるいくつかの学科がありまして、たとえば機械システム工学科とか、私の古巣の機能高分子工学科とかね。
 さらに学科の中には、講座というのがあって、たとえば機能センサー工学講座とかね。一つの講座には教授、助教授、助手が複数人いていわゆる大講座というものを今は形成しています。ただ、数年前までは小講座制で、山大工学部の場合は一つの講座すなわち研究室には教授、助教授、助手が一人ずついたんですよ。学科によっては今でも書類上は大講座制でも、実は運営は小講座制という極めて外から見ると分かりにくい構造になっているところがあります。ですから、教官人事も昔ながらの小講座の教授が助教授や助手人事を決定できる場合が多いです。たとえば、教授は自分の講座の助教授席が空くと、助手をエレベーター式に昇進させたりできるわけです。あとは学科の教授間で話がつけは、人事委員会で承認され、最終的には教授会で投票して承認します。教授会の構成メンバーは助教授以上です。人事を起こす場合には、実際には一応一般公募という形をとりますけど、7割くらいの人事はすでに決まってるデキレースの場合が多いですよね。自分の助手を助教授にするとか。ですから、他大学のポストに応募するときは、その大学の知り合いの教官にそれがデキレースかどうか確認しないと、時間の無駄で、あとで不愉快な思いをするわけです。だから、日本では大学間での人の動きが少なくてね、不健康なよどんだ社会になるんですよ。それから、他学科や他講座の教官人事にチャチャを入れると自分の学科や講座の人事の時にチャチャ入れられるから、基本的には他学科、他講座の教官人事にはノータッチですね。おかしいと思っても、そのまま通しちゃうわけです。極めて日本的ですよねえ。


 さて、教授人事の場合ですが、教授ポストはその学科の教授が密室でどうするか決めます。どっかの国の政治家みたいでね、総理を誰にするか、閣僚を誰にするか密室で決めるみたいに。このように教授が人事に関して全権を握ってるわけですから、候補に上がっている当該学科の助教授が気に入らない時なんかには、密室会議でかるく握りつぶしてしまうわけです。情報公開なんてクソクラエです。だから、教授ってのは大学ではいちばん偉くて、助の字がつくだけでその立場は太閤様と草履取りぐらいの違いがあるわけです。助手なんて、人と思われてないんじゃないですかねえ。こんなワケで、助教授以下は教授の先生方には逆らっちゃいけないのね。教授会や学科の会議でも教授の先生にたて突くようなことをいったり、反対意見を言ったりするとそれが積もり積もって人事の時に痛い目に合わされるわけですから。決してホームページで教授の悪口言ったり、大学の批判したりしちゃいけないよ、誰かさんみたいに。教授全員退官するまで教授にはなれないから。堀切川さんの場合は、研究能力が秀でてるうえ、企業からももてはやされ、会議でも正論をどうどうと述べるんで、かなり目立ってたみたいですよね。


 日本の大学社会は共産主義でね。みんな平等、和をもって尊しとなす、給料いっしょ、講義数いっしょ、部屋数いっしょ、学生数いっしょ、純日本的共産主義社会ですよ。人事なんてまさしく和を尊重して年功序列、最近では功がなくても教授になれる年齢序列制がきちんと確立しています。ですから、若くて頑張ってる助教授がいても年齢が上だからという理由だけで能力に欠けても年上の助教授が先に教授になったりすることがあります。こんな不健康で不愉快で不気味な社会ですが、幹部である教授にとってはこんな居心地のいい社会はないわけですよね。和を乱すものはナラズ者であり処罰され、出る杭のように目立ちすぎる助教授や、改革を叫ぶ助教授はたたかれ、教授にはさせてもらえないんですよ。
 私のような一助教授にできることといえば、こんなバカ文章でもかいて日本国中、いやインターネットを通じて全世界の人たちに山大工学部の教官人事の現状を知ってもらい、外圧をかけていただくキッカケをつくるくらいのことしかできません。あと、3年で独立行政法人になって国立大が私立大となり、しかも学生数が減って大学間での生存競争が激しくなるんですけど、名物教官を他大学に転出させてしまうような大学はどうなるんでしょうねえ。定員割れて、お客さん来なくなって、つぶれるね、間違いなく。あと数年で退官の教授には関係のないことだけど、我々は退官まで20年以上あるんだからねえ。実は私もここから脱出しようと、FA宣言までしてるんですけど(注1)、もともと研究能力は低いし、顔はいいけど口は悪いし、条件に合うところが全然なくてね。だから、いくらイジメられても、足引っ張られても、頭こずかれても、バ~カと言われようと、ここにいるしかないかないんですよね。
 あ~あ、今年の夏も暑くなるのかなあ。


脚注1)移籍の条件は城戸の独り言「中村さんのこと」にでてます。条件のあう大学あったら是非ご連絡ください。

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