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城戸・笹部・千葉研究室

城戸の独り言

2001年02月06日
【転載】 小野さんのカリフォルニア紀行(その5)

その5 「目も見えず、耳も聞こえず、口も利けない」

 

 当然のことなのだろうが、日米で様々な社会システムの違いがある。例えば、前回も書いたような何にでもIDが必要なのもそのひとつである。それで随分と失敗を重ねた。事の始まりはアパートへの入居であった。入居の申し込みの際にSSN(ソーシャルセキュリティナンバー)を求められる。申請はしていたが、申請後手元に到着するまでに2週間程度を要するため、手続中であることの証明書を提示した。申し込みの時はそれでOKだったのだが、いざ引越しの日に賃貸借契約を結ぶ段階になってSSNの無い人には貸せないといわれた。親戚に不幸があったとかでオフィサーが代わったためである。前の人は手続き中であることが確認できればOKと言ったと抗議したが聞き入れてくれない。私一人ならばそこで諦めていたかもしれない。同行した紹介業者が「SSNなしで入居している人は他にも沢山いるじゃ無いか」(本当なのかハッタリだったのかは定かではない)と押し問答して、それじゃあ確認してくると20分くらい待たされた挙句にやっと契約できることになった。

 


 このときは、事が上手く進んだと思った。しかし、この時に間違いが生じたことを後になって気づくことになる。申し込み時と契約時とで部屋番号が違っていたのだった。申し込み時には、申し込み内容と物件の概要を記した控えが手渡される。アパートの住所は、住所欄に記載されているのだが、部屋番号(本来住所の一部であるはずであるが)はその紙の左上隅に小さく記されている。私は、その小さな番号が何を意味するのか分からず、受付番号くらいに思っていた。したがって、部屋番号が変わったことには気がつかなかったのである。

 


 引越しと正式契約の前に、申し込みが済んだ段階で、電気、ガス、電話の手続きを先に済ませていた。申し込みの段階では入居は問題なさそうだったし、引っ越してすぐに使いたかったからである。これらの契約にも全てIDが必要である。慣れた人は電話で申し込みをして、指定された期限内にID確認の手続きをするらしいが、私は直接オフィスに行き、申し込みの手続きをした。理由は簡単である。英語が苦手な私としては電話はできるだけ使いたくないからである。電話だと音質が悪い上に、こちらの理解にお構えなく話をされてしまう印象がある。面と向かっての会話では、分からないことは何度も聞き直せるし筆談も使える。ついでにID確認も済ますことが出来るのだから一石二鳥である。そこで、事は当然に筆談を交えて(殆ど筆談?)で進められた。住所などは読み方も怪しいので、入居申込書の控えをそのまま見せた。私には左上隅の数字は何だか理解できていなかったが、それぞれの担当者はそれを見て勝手に部屋番号を確認し手続きがとられていたのである。

 


 したがって、申し込み時とは違う部屋に入居した私は、気づかないまま電気もガスも電話も使えないことになっていたのである。電気とガスは請求書の送付先が変わるだけなので事後の手続きで実際には事無きを得たが、電話は大変な目にあってしまった。電話が使えるようになるはずの日に電話機をつなげても通じなかった。電話会社に問い合わせると申し込みはキャンセルされているという。仕方が無いので、最初からもう一度手続きをして改めて使用可能となる日を確認した。ところが、その日になっても、やはり通じない。原因調査を不動産紹介業者に助けてもらって、ようやっと部屋番号が違っていたことが分かった。申し込みをしても別の部屋に確認が行き、そこには既に別の住人が入居しているのでキャンセルされるという繰り返しだったのである。トラブルというのは重なるもので、このあともすぐには電話が使えるようにはならなかった。原因は、アパートの電話ジャックは各部屋に4口から5口あるのだが、3つに1つは壊れていた(もちろん外見からは分からないので接続して初めて壊れている事が判明する)、買ってきた電話機のマイクが壊れていた(つながって初めて会話が出来ないことが判明)、電話会社と何度もやり取りをしているうちに電話番号が変えられていた(外から電話してみると「現在使われておりません」の空しいアナウンスを聞く羽目に)といった事が重なっていたのである。分かってしまえば、一つ一つの対応は簡単なのだが、原因がわからず、いつまでたっても使えない電話相手に何度も英文の取扱説明書や電話契約の内容を読み試行錯誤を重ねる羽目になったのであった。

 


 スタンフォード大学でインターネットを使えるようになるのにも同様の苦労をすることになる。大学ネットワークのID管理とネットワーク自体の管理、ローカルネットワークの管理、IDのためのスポンサーシップは別々のセクションとなっている。また、これらの事務的権限を持っている人が必ずしもネットワークそのものの知識を持っているわけではない。私のようなビジターがネットを使っていいものかどうかオーソライズさせる必要があって、円滑に手続きをするのに順番があったようである。ここでの仕組みを知っている人にとっては、誰がどのような権限を持っていてどこにどの部分までを頼めば良いのかということは自明のことなのであろうが、英語もままならない私のようなよそ者にはなかなか分からない。

 


 このようにして、生命線であるはずのインターネットやEメールが使えるようになるまで、1ヶ月以上も費やしてしまうことになる。その間、まさに目も見えない、耳も聞こえない、口も利けないといった心持ちであった。(つづく)

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