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城戸・笹部・千葉研究室

城戸の独り言

2005年05月24日
研究者が報われる社会に

 百年後、真に豊かな日本経済を構築するために、われわれが今なすべきことは何か。ということで、先日テレビの取材を受けた時、少し考えてみた。

 教員そして研究者という立場から、いま何をすべきかを考えると、それは「人材育成」に尽きる。

 小学校の時に日本は原料を輸入し、それを加工、輸出して成り立っていると習った。これは今でも変わらないし、将来でも変わらないであろう。技術立国日本は、戦後の貧しい時代に松下幸之助や井深大のような技術者がハングリー 
精神をバネに築き上げたと思う。

 しかし、今ではフリーターやニートと呼ばれる無気力な夢も希望も持たない若者が増え、「ハングリー精神」と言う言葉さえ死語になりつつある。このような豊かな時代に、大志を抱く人材をどうやって生み出すのか。

 それには、まず研究者や技術者が報われる社会を作ることではないだろうか。

 二十年ほど前にアメリカに留学していたとき、大学教員や国立研究所の研究者がベンチャー企業を立ち上げるのを見てきた。アメリカにはベンチャーを育てるためのSBIR(Small Business Innovation Research=中小企業技術革新制度)のような支援プログラムが完備しており、研究者であってもベンチャーを成功させて億万長者になった研究者は数多い。

 一方、日本にはアメリカのようなベンチャーを支援する本格的なプログラムもなく、ベンチャーキャピタルの規模も小さい。最近ではベンチャーブームで、数多くのベンチャー企業が生まれたものの、年金生活しながらの趣味の域を脱してない趣味的起業や大学教授の副業的な起業があまりにも多く、アメリカの本気のベンチャー企業と大きなギャップがある。

 さらに、国内企業は製造業であっても文系の経営トップが多く、技術および技術者を理解していない場合が多い。ひどい場合には、ひな壇のお飾りのような経営の「ケ」の字もわからない単なる有名人を経営トップに据える大企業すらある。

 このような文系経営者は、「企業の研究者はリスクなしで、好きな研究やってるんだから発明に対する報酬は少なくていい」などと、バカなことを平気で言う。だから、いまだに多くの企業では発明に対する報償金の額は、たばこ銭程度の微々たるものである。

 あの青色発光ダイオード中村裁判のおかげで、少しは状況はよくなったようであるが、まだまだ文系経営者の認識は低い。週末に海外に小遣い稼ぎに行く技術者が非難されているが、彼らの置かれている奴隷のような立場を考えれば、はたして非難できるであろうか。それなりの収入を得ていれば、出稼ぎなど必要ないのである。このままでは優秀な研究者、技術者が会社を捨て、国に愛想を尽かして海外に流出し続けるだろう。

 はたして、「野球選手は好きな野球やってるんだから、年棒は低くてもいい」なんて言うバカな球団オーナーがいるだろうか。もしいれば、優秀な選手はすべてメジャーリーグに行くだろうし、この国には野球選手になろうとする若者も現れなくなるだろう。

 だから、将来の技術立国をしょって立つ研究者や技術者を生み出すには、まず研究者や技術者が報われるような社会に変えることだと思う。でなければ、近い将来この国には優秀な研究者や技術者はいなくなるろう。今すぐにでも絶滅危惧種に指定して保護すべきである。

 


この拙文は、フジサンケイ ビジネスアイ(日本工業新聞)の
「i's eye(ア イズアイ)」というコラムに2005年5月23日に掲載されたものです。

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