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城戸・笹部・千葉研究室

城戸の独り言

2000年02月01日
単なる独り言

産研(山形大学産業研究所機関誌) 第14巻, p35(1998)より

 

 子は親の鏡というが、最近それを不愉快なことで実感することが実に多い。先日も出張の際、新幹線のなかでガキが、いや子供がドタバタと通路を駆け回り私の睡眠を妨げる。わかっているのに何知らぬ顔のバカ親。そういう親子の座っていた座席はお菓子の袋が乱雑に散らばっていて、まるでゴミ溜めと化している。ふだん研究室では私は学生から仏の城戸と呼ばれるほど実に温厚な性格をしているのであるが、あまりに走り回り私の睡眠を妨げるので、横を通り過ぎようとしたとき胸倉を軽くつかみ「走んな」とやさしく言ってやった。するとその子はそれ以来良い子に変身し、二度と走り回ることはなくなったのである。そう、キチンと注意してあげるとそういう子供でも理解するのである。子供がバカなのは注意しない親がバカだからである。

 

 しかし、最近ではいい大人でもバカが増えた。新幹線の客室で携帯電話を平気でかけてるオヤジ。この種のオヤジはたいていがデブッと太り、ガマそっくりの顔をした脂ぎったオヤジである。デカイ声でしゃべり、近くにいると極めて不愉快で、帰りの新幹線でたまたまそういうのが後ろに座ったりするとその日一日が台無しになってしまうのである。また、喫煙者にバカが多いのはこの国の特徴でもある。人が食事してるのに平気で隣でタバコを吸い出すバカサラリーマン。道路でのポイ捨てや歩行中の喫煙などは厳しく罰すればいいのである。罰しないから皆平気なのである。私はこういうバカ者共を見るとつい胸倉をつかんで注意したくなるのであるが、もしケンカになった場合には相手が子供と違い100%勝てる保証がないのでグッとこらえるのである。法律でこのような無法者を厳しく取り締まることを願いたい。

 

 私の研究室にもバカ学生が何を間違ったかたまに紛れ込んでくる。論文を読まない。実験せずにダベッてばかりいる。器具を壊してもケラケラ笑いまるで責任感がない。火を出しては喜ぶ。米沢に来て早10年経つが、許容範囲を超える問題児には不幸にも3人ほど出会った。そういう場合には学生の実家に電話して親に子供のバカさ加減を教えてやり、卒業させない旨を伝える。すると、どこの親もこう言うのである。「あの子は小さいとき甘やかしすぎました」アホかっ!である。子の育て方もわからぬものは子供を産む資格はない!アホンだら!ボケっ!

 

 しかし、最近では学生を厳しく指導する前にまず教官を厳しく指導する必要があるのではないか、と思うことがある。口の悪い私の友人はかつて私にこう言った。大学教官の3分の1は社会不適合者であり、3分の1は大学で寝てて何もしない人、そして残りの3分の1がまともな教育者、研究者であると。イヤー厳しい。すなわち全教官の3分の2は会社で通用しない60点以下の赤点人間なのである。人間として「不可」なのである。私もこの法則をこっそりと工学部の教官に適用して数えてみると、なんと社会不適合者の分類が3分の1より少し多いぐらいで、ほぼ彼の法則が当てはまるので感心してしまった。これは私の想像であるが、文部省の「優秀」な官僚たちはとっくの昔からこの現状を把握しているのではないだろうか。これも実は大学というところは、このような社会不適合者を収容するためにこしらえた収容所であって、もし大学がなければ多くの人間が路頭に迷い、その結果犯罪が増え日本が経済大国ならぬ犯罪大国になってしまうからである。この国は実は超福祉国家なのである。こう考えると、今後学生数が減り常識的に考えると新設の大学など必要ないのに、まだまだ大学ができるというバカげた事実に説明がつく。このような大学はどこもが失業者対策と地域活性化の為だったのである。魚のいない松川に魚道を造るようなものである(注1)。

 

 一方、大学審議会の中間報告では、今後学生数が減少するにあたり必要でないとされた大学は無くす方向でいくとのこと。しかし、これは寝てる教官を起こすための単なる脅しであるということは明白であり、誰もビビらないのである。だが、実際問題としてそろそろ起きてもらってまともな教育をしなければ、学生数が減る将来にはここみたいな地方大学のお先は真っ暗だと感じることがある。試験前になると学生が必ずノート持ち込みさせろとか、試験問題を教えろだとか、甘ったれたことを言い出す。だけど、これはまだまし。驚いたのは、試験勉強の仕方を教えてくれ、というのがやって来たことである。この学生は一体全体どうやってこの大学に入ってきたのであろうか、どうやってこれまで単位をとってきたのであろうか。聞いてみるとこれまで習った先生は前もって問題を教えてくれたり、ノート持ち込み可能だったり、追試をしてゲタまではかせてくれたりと、至れり尽くせりだったとのこと。要するにアホ教官たちが楽するために単位をホイホイやってきたから学生は試験勉強の仕方すら知らないのである。もちろん講義の内容は理解してない。本学に対する社会の評価が低いのは学生のレベルの低下と教授達は言うが、実はこれは教官のレベルを反映しているに過ぎないのである。まさに、学生は教授の鏡である。学生がバカだから研究ができないと学生を批判する教授がいるが、実はそんな人こそ研究能力に欠ける社会不適合超ウスラバカ教授なのである。(文章若干変更)

 

注1:松川とは米沢市内を流れる最上川の支流。最上流部にある鉱毒の影響でこのあ
たりには魚はいない。けど、最近魚道が造られた。

 


城戸のコメント:
うーん、30代助教授のいらだちが感じられる。大学を変えねば、このままではつぶれてしまう。改革だー!

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