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城戸・笹部・千葉研究室

城戸の独り言

2000年02月01日
有機の光で世界を照らす

早稲田学報 2000年2月号?より

 

 今から120年前にエジソンが白熱電球を発明して以来、世界は明るくなり人々の生活は豊になった。その後、より効率の高い無機蛍光体を使用した蛍光灯が発明され今では一般家庭で広く使用されている。同じく無機蛍光体を使用したブラウン管はカラーテレビに使用され、我々の生活に欠かせないものとなっている。このように鉱物を主原料とする無機蛍光体は古くから光源として実用化され今では広く普及している。

 

 一方、生物を構成するような有機物からの発光を日常生活において目にすることは稀である。私の住む山形県米沢市には小野川温泉というホタルで有名な温泉があり、初夏にはホタルが乱舞する。このホタルの発光はまさしく有機の光であり、しかも他の生体反応と同じように極めて効率が高く、発光効率は100%近い。10~20%の発光効率を有する白熱電球や蛍光灯とは比べ物にならないほど優秀な光源なのである。したがって、有機蛍光物質を使って蛍の光を人工的に再現できないか、これらを用いた高効率照明ができないか、と考える科学者が出てきてもおかしくない。

 

 私は学部の卒業研究でお世話になった土田英俊教授のひとこと「城戸君だから希土類の研究だ」で希土類金属とのつきあいが始まった。今から16年前のことである。ユウロピウムやテルビウムの希土類金属は蛍光体として知られており、特にユウロピウムはその鮮やかな発光からテレビのブラウン管に赤色蛍光体として用いられている。むかしキドカラーというカラーテレビがあったが、これは希土類のキドと、明るさの輝度(キド)に由来すると聞いている。私はこれら希土類金属イオンのポリマー複合体の基礎研究を行った。

 

 学部卒業後、成績の悪かった私はアメリカに修業に出され、ポリマーの研究で知られるニューヨークポリテクニック大学の大学院に入学した。そこで岡本善之教授の指導の元、さらに5年間ポリマー希土類複合体の研究を行った。その時の研究テーマはこれら化合物の合成と光刺激による発光特性の基礎研究であったが、当時からこれらの物質を電気的に発光させたいと考えていた。理由は単純で、当時、無機物を光源にした発光素子はあっても、有機物を使ったものが実用化されていなかったからである。有機蛍光体は発光効率が高いうえ、発光色が多彩で、しかも加工性に優れるので、これらを用いた光源は高効率かつ低コストとなり、成功すれば世界を変えられると考えたのである。

 

 学位取得後、平成元年に山形大学工学部高分子化学科に助手として着任した時には、講座の教授である長井勝利教授のはからいで研究の自由が認められた。アメリカのように大学教官一人ひとりが研究室を持つのと違い、日本では助手は所属する講座の教授の仕事を手伝うのが一般的である。したがって、若手の助手が自由なテーマで研究することはできないのである。ところが、自由に研究はできたものの発光素子の作製に必要な実験装置がまったくなかったので、私の研究者としての人生は各種財団に研究助成の申請書を書くことからスタートした。当時は毎週のように申請書を書き、その採択、不採択に一喜一憂していたものである。今から振り返ると苦労といえばこのころの研究費の調達であっただろうか。後に、電子情報工学科の奥山克郎教授(現工学部長)の協力を得て装置を使用させていただくことができ、2年後には学生にも研究テーマとして与えることができるようになった。

 

 こうして有機蛍光体の電界発光の研究をスタートした私は、まず長年の夢であったきれいな緑色発光を示す有機テルビウム化合物の電気的発光に世界で初めて成功した。次にユウロピウム化合物を用いて非常にきれいな赤色発光を得ることにも成功した。我々がスタートした有機希土類化合物を用いた発光素子は、その後多くの研究機関で検討され、イギリス、オックスフォードに有機希土類発光体を専門に研究開発するベンチャー企業まで現れた。

 

 最近では照明への応用を考えて白色発光素子の研究も精力的に行っている。青や緑と違い白色は可視領域の光をすべて含有する光であり、単独の化合物が白く光るということはない。したがって、光の三原色である青、緑、赤の蛍光体を同時に光らせて混色し発光色を白くする必要がある。そこで、まずポリマー中に青、緑、赤の蛍光体を混ぜて使うという方法を開発した。混色すると白くなるという非常に単純なアイデアであるが、当時の常識では発光色の異なる蛍光体を混ぜれば最も長波長側の光、この場合は赤色しか得られないというものであった。エネルギーレベルの高い青や緑の蛍光体から、最も低い赤色の蛍光体にエネルギーが移ってしまうのである。川の水が上流から下流へ流れるのと同じである。しかしながら、実際に実験を行うと混ぜる蛍光体の濃度さえ厳密にコントロールすれば発光色もコントロールできることを見いだし、明るい有機白色発光素子を世界ではじめて開発することに成功した。ここで最先端の科学では常識は必ずしも正しくないということを学んだ。

 

 さらに、青、緑、赤、の蛍光体を積み重ねて光らせ白くすることにも成功した。この研究成果は平成7年の学術雑誌「サイエンス」にも掲載され、「ウォールストリートジャーナル」や「ビジネスウィーク」、「ニューズウィーク」にも取り上げられた。

 

 現在、この有機発光素子の分野はエレクトロニクスの分野で最も活発な研究分野の一つに数えられるほどになった。研究者の数も増え、基礎研究ばかりでなく実用化、商品化を目指した研究開発が多くの企業で行われている。素子の性能も向上し、現在では4~5万時間の連続駆動寿命や、蛍光灯の20倍の明るさ、そして効率も数年後には蛍光灯に追いつき、追い越せる段階にまで来ている。また、電子ディスプレイへの応用も進み、自発光型の表示品位の高いディスプレイとして期待されている。すでにカーステレオに搭載され高く評価されており、小型の超薄型カラーテレビも試作されている。現在ではブラウン管や液晶ディスプレイが広く使用されているが、有機発光型ディスプレイはブラウン管の表示品位と液晶の薄さを合わせ持ち、しかも消費電力が低い。さらに、ブラウン管で使用される鉛や液晶ディスプレイで使用される水銀など有害物質を使用せず、環境にやさしいディスプレイでもある。もちろん光源としても面状発光の高効率照明として蛍光灯に代わるものとして期待されている。

 

 10年前には発光素子を作製しても通電して光らせるとすぐに破壊してしまい、有機物に電気を流し、光らせること自体非常識であると笑われたものである。しかし、「為せば成る」を信じ、非常識に挑戦し新しい常識を作りだすことでここまでやって来た。古い日本の体質ではこのような新しくしかも一見非常識とも思えるテーマでは研究できないのが普通であるが、それもこれまで御指導、御協力いただいた方々のおかげと心から感謝したい。エジソンと同じ日に生まれ、名前から卒業研究のテーマが決まり、いまでは未来のあかりを開発している。運命を感じる今日この頃である。

 


城戸のコメント:自分の力を信じることです。

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