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城戸・笹部・千葉研究室

城戸の独り言

2001年07月16日
【転載】 小野さんのカリフォルニア紀行(その12)

その12 「I have a dream」

 アパートからスタンフォード大学に向かうフリーウェイ280号沿い、途中のクパティーノにアップルの本社がある。曲線を使った建物の外観は、日本の「会社」のイメージと異なるため、かじったリンゴのアップル社のマークをつけた大きなキャンペーン用の垂れ幕がなければ、とてもそれがアップル社と気がつかない。最近、その垂れ幕にはキング牧師のアップが飾られている。3月に出されるマックG4のキャンペーンキャラクターとして、アップル社が採用したのは何とキング牧師なのである。

 

 ご存知のように、キング牧師は偉大な黒人のリーダーであった。彼の誕生日である1月15日は祝日とされていて、当日は全米で「キングのように人々の助けになる運動」が催されるなどしている。彼以外にも多くの黒人リーダーがいるが、多分、ぶっちぎりナンバーワン人気はこのキング牧師であろう。

 

 偶然、子供の英語教材でキング牧師の演説の一部を耳にした。彼の独特な抑揚のある声は、英語のよく分からない私のような者の耳でさえ惹きつける響きがある。「I have a dream. My four little children one day live in the nation where they won’t be judged by the color of their skin and the count in the United States, I have a dream!」(私の耳で聞き取った範囲なので一部間違いがあるかもしれないがご容赦願いたい) このように、彼の演説の特徴は、センテンスの初めや締めくくりに「I have a dream!」と叫ぶところにある。私の勝手な解釈として、マイクロソフト陣営に対する少数派であるアップル社は、少数民族活動で著名なキング牧師を起用することで、自分たちのパーソナルコンピュータ市場における覇権奪取というdreamを消費者に訴えているのである。まさに、「我々は夢を持っている!」と。なかなかのセンスの良さである。

 

 私のカリフォルニア滞在も間もなく終わろうとしている。「6ヶ月間、自分は一体何をしていたんだろう?」という思いがある一方、世の中は6ヶ月でしっかりと変化しているのを感じている。例えば、あの加熱していた住宅事情は、空室率が4%~4.5%に上昇し、住宅価格も下降の気配を見せている。(おかげで、知り合いの一人は価格が下がる前に大家が家を売る必要が出てきたので急きょ退去しなければならなくなった。)滞在を始める前は1年くらい安定環境にあった為替も、今は明らかに流動局面に変化している、などなど。
 そういう自分の意識も6ヶ月間で変化が生じているかもしれない。滞在して最初の頃は、社会システムや時間感覚の違いに驚き、戸惑った。そして、例えばどんな素晴らしい発明や役に立つビジネスも株式市場動向ひとつで成功や失敗が左右されてしまう事実を「行きすぎた資本主義」と決めつけていた。しかし、今は少し違う気がしている。

 

 ある時、ここでコンサルタント兼キャピタリストをしている日本人と夕食をいっしょにしたことがある。彼は「できれば日本人の応援もしたいのだけれども」といいながら、あまりにもビジネススタイルにならない日本のベンチャー志望者の多さに、クライアントの7割は日本以外のベンチャーだという。それでもクライアントの多くは成功までのハードルが高く、彼は自分の家を担保にしたクレジットで自分の会社の経費を捻出しながら彼らが志し半ばで潰れてしまわないように奔走している。「ベンチャーをくいものにしようとする輩も多くてね、そいつらからクライアントを守るのも大変なんだ」という彼の顔は笑っていたけれど目は真剣であった。そうしていながらでさえ、彼は翌朝、クライアントの1社に涙を呑んで最後通告をしたことを明かしてくれた。

 

 確かに、アメリカでの成功の尺度は「金」である。彼らは、またそれを隠そうともしない。しかし、金以外の高い理念も持ち合わせている。ただ、それだけでは「経済」という名のルールのもとでは許されない事を身に染み込ませているのである。

 

 私は、このようなアメリカ型社会を無条件に礼賛しようというのでは決してない。
むしろ、日本型の良さを今回の滞在で再認識している。アメリカと比較した日本の文化の特徴は「気づき」であろう(いつぞやの談話会での女将の話を思い出す)。「気遣い」「気配り」と言い換えても良い。これは気遣うものと遣われる側が双方で同じ感覚を持つ事で、日本ならではの「奥ゆかしい」関係が成立する。


 
 しかし、この微妙な関係が崩れると、受け手は気遣いされるのが当たり前 という「甘え」になり、気遣う側は、何も知らずに全てを俺に任せておけといった「横暴」に変化する。海外から見ていると、今の日本の閉塞感は、この「甘え」と「横暴」が巨大化して引き起こしたものなのに、その対策の構図が依然として「権威主義的な」横暴と、それによりかかる甘えから脱していないように感じる。

 

 MBAの教科書でよく指摘されるマーケティング上の落とし穴に、「優れた新製品を作り上げれば、世界中の人が玄関先まで殺到するだろう」と思い込む錯覚というのがある。どんなに素晴らしい製品であっても、どんな画期的な発明や発見であっても、それを具現化し世の中に出す「適切な」方法を持たなければ死滅してしまうものなのである。発明したら、あとはお任せではなく、それに対する適正な評価が欲しければ適切な姿で世にだす「力」を持たなければならないのではないだろうか。自分は適正に評価されないというのは、ひょっとして先の権威に対する甘えの構造ではないのだろうか。

 

 スタンフォード大学は、より強い大学を目指し、床面積200万平方フィートの大学施設、3000戸の住宅、駐車スペース2300台分の建設を今後25年間で行うことを決定した。サンタクララ大学は、企業からの4百万ドルの出資を得て、新しい技術が生活にもたらす影響を研究するシンクタンクを設立した。

 

 日本でも、大学がその研究成果に加えて、経営手腕が問われる時代が来るのではないだろうか。このことを受動的にではなく、むしろ望ましいこととして受け止めたい。そして、その時に研究が適正に評価され、その受益をうけるべき人々(消費者)の望む姿で、スピーディに実現が図られるシステムを構築したいという夢を私は持っている。そう、I have a dream!
(おわり)

 


城戸の脚注:
 小野さんは3月下旬に無事に帰国され、現在では山形大学地域共同研究センターの助教授としてご活躍中です。アメリカでの半年が根っからの田舎者(失礼!)を少しは国際的にしたようで、この最後のエッセイもそこらの一般大衆には書けるものではありません。
  普通、人には「金持ちになって、美人と結婚して、世界一周旅行をして」などと、いくつもの夢があるので、「I have dreams」と言いそうなものですが、キング牧師は人種差別のない世界、ただそれだけを願うことを強調し「I have a dream」と言ったのでしょう。何だか、この「a」が、心に響きますよねエ。
 ちなみに現在の私の夢は、金持ちになって、50歳で退官して、趣味の手打ちソバ屋をやりながら、カバンの専門店を片手間に経営して、ハワイとニューヨークとロサンゼルスと伊豆に別荘を持ち、のんびり釣りをしてすごす、ことでしょうか。だから、「I have too many dreams」ですね。これって、だれも感動しないよなあ。

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