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城戸・笹部・千葉研究室

城戸の独り言

2000年12月28日
ノーベル賞

 まずは白川先生、マクダイアミッド先生、ヒーガー先生、ノーベル化学賞受賞おめでとうございます。心からお祝い申し上げます。


 今回の化学賞は導電性ポリマーの発明、発見に対して贈られたわけですが、これはまさしく我々の有機EL素子に代表される有機電子デバイスの分野であって、この分野の研究者にとっては誠にうれしい受賞となったわけです。各マスコミの報道によると、導電性ポリマーの応用の一つが、有機ELディスプレイであり、今後、産業として発展が大いに期待できるため社会的インパクトの大きさが受賞につながったとのことである。


 実際、マクダイアミッド先生はアメリカのテレビインタビューに答えて、導電性ポリマーの最大の応用は有機ELディスプレイだ、ときっぱりと答えておられる。だから、極端な言い方をすると、この10年間の日本国内の企業や大学の有機EL素子にかかわる人たちの研究成果が今回の受賞に結びついたといっても過言ではない。


 ただ、ここでハッキリさせておきたいのは、実際に現在商品化されている有機ELディスプレイは、導電性ポリマー研究の延長上にはなく、それとは別の有機半導体の分野であるということである。テレビ報道を見ると、紹介されるのがパイオニアの有機ELカーオーディオであったりするが、このディスプレイに導電性ポリマーは一切使用されていない。


 ご存知の方も多いと思うけれども、技術的に有機EL素子の分野には大きな二つの流れがあり、いわゆる低分子色素系とポリマー系がある。ポリマー系ELは70年代後半に始まった導電性ポリマー、すなわちπ共役ポリマーといわれるポリマーがまさしく使用されている。そして、このπ共役ポリマーの研究分野のきっかけとなったのが、白川先生らのポリアセチレンであるということは間違いない。


 しかし、低分子色素系ELは、60年代初めにすでに研究が始まっており、低分子有機半導体の研究は導電性ポリマーの研究とは別の分野として研究されてきた。これまでも、低分子有機半導体は有機感光体としてレーザープリンターやコピー機のドラムに使用されており、これらの電子機器が安く一般に普及するきっかけになった一つの理由が有機感光体の使用であることはよく知られている。


 このように、低分子有機化合物を電子デバイスに使用する試みは、導電性ポリマーとは別にこの30年間脈々と続いており、今では有機ELディスプレイのみならず、有機太陽電池や有機トランジスタという次世代電子デバイスのキー材料として研究が進んでいるのである。応用が導電性ポリマーと同じで、実際にたとえばディスプレイを外観で比較すると全く区別がつかず、導電性ポリマーも低分子有機材料も一般にはほとんど区別されることはない。低分子材料が使用されているディスプレイを導電性ポリマーの応用例だと言っても、一般の人たちは全く気がつかないのである。ポリマー系ELディスプレイはいくつかの企業で量産の検討がされているが、商品化はまだである。


 とは言っても、私、個人的には、白川先生らがノーベル賞を受賞されるのが遅いくらいだとずっと思っていた。20年以上も前から導電性ポリマーという研究分野を切り開き、これまで多大な貢献をされてきた三氏には10年前にノーベル賞が贈られても不思議ではなかったのである。
 フラーレンC60を見つけたスモーリーらには、発見後確か2~3年でノーベル賞が贈られた。現在のフラーレンの研究は一段落し、いまのところ実用化される気配もない。
 また、約10年前に超電導フィーバーを巻き起こした酸化物超電導体も、発見者であるIBMの研究者らに論文発表後2~3年でノーベル賞が贈られた。しかし、今では、フィーバーは完全に沈静化し、実用化の見通しも立っていない。


 これらの材料の発見と比較すれば、導電性ポリマーの発見、発明は学術面でのインパクトの大きさのみならず、コンデンサーやバッテリーなどへの応用、実用化という面でも社会に大きく貢献してきたのである。正直な話、我々の間では、やっとでた、という思いである。

 

 

 今回のノーベル賞に関して、テレビ、週刊誌、新聞等で多くの研究者がコメントを寄せておられる。私のところにもイギリスのPhysics World誌から取材があり、三人の人柄や業績に対してコメントした。ご興味のある方は同誌の11月号をご覧いただきたい。

 


 取材に際して、まずメールが届き、以下の内容で電話取材したいから研究室にいる日と時間帯を教えて欲しいと聞かれた。ただ、出張が続いていたので、各項目にメールで返事を書いた。以下、私の独断と偏見に満ちたコメントである。


1. How deserving of a prize was the discovery of conducting polymers?
 The discovery of conducting polymer opened up a new research field in chemistry and physics, I guess, now, the number of researchers in this field is more than a few thousand all over the world. If you compare this discovery with other discoveries, led to the Nobel Prize, such as C60, conducting polymers gave much more contribution to the human society.

 This certainly deserves the prize. I personally think that they should have received the prize more than ten years ago.

 


2. How highly do you rate the work of Heeger, MacDiarmid and Shirakawa?
 There is no doubt that they initiated the filed and have greatly contributed the community.

 


3. How faimilar are you with them and what are they like as people?

Shirakawa:
 We work in the same field in Japan. I often see him in Japanese domestic conferences and international conferences overseas. He is a real scholar-type professor. Generally, Japanese old big professors act as king or something like that. They don't treat young people equally. However, Prof. Shirakawa treats me and talks to me equally as a scientist although I am a "young" professor. He is not only a great scientist, but a gentleman. I respect him.


MacDiarmid:
 I sometimes see him at international conferences, and visited him in U. Penn once before. Although he is over 70, he is still a person of curiosity and very energetic. He has a very friendly personality and his lecture always contains not only scientifically important results but a lot of fun. He is a lovely person.

 Last year, I organized a conference on functional polymers here in Yamagata and asked him to give an invited lecture. He kindly accepted my invitation and came down to such a country side of Japan.


Heeger:
 I visited him several years ago in Santa Barbara. I often see him at international conferences and expect to see him next week in Vancouver for IS&T meeting. We will speak in the same session.

 He is very smart and sharp. He started a venture company, UNIAX, which is now owned by DuPont. What I learned from him is that we, university professor, can be rich and famous. He lives in a big mansion and has a gorgeous life. He is so smart that he can be an excellent scientist as well as a successful business man.

 I also asked him to give an invited lecture at my conference last year, he accepted my invitation and came here. At one of the welcome parties for the invited speakers, he kindly proposed a toast for the success of the conference and thanked me for the invitation on behalf of the invited speakers. I feel he is the leader in the field of conducting polymer.


4. Has the prize been awarded to the right researchers? If not, is there anyone else in the research community who could lay claim to it?
 Yes, the prize was awarded to the right people.

 Last several years, what we talked about the Nobel Prize in this field was that whether Prof. Richard Friend of Cambridge University can get it together with those three people. The reason is that he initiated the field of polymer light-emitting diode (LED) which is now the biggest application of conducting polymers.

 Many people think that he may not deserve it because organic LEDs, using organic fluorescent dyes, were reported before the polymer LEDs. Polymer LEDs are just a polymer version of organic LEDs.



以下、日本語バージョン:

白川先生について
 白川先生とはこれまで国内の学会や国際会議でご一緒させていただくことが多く、私のような若造にも気さくに声をかけていただいた。


 日本の大学教授一般的に言えることであるが、年配の教授は学術的な業績の有無にかかわらず、非常に偉そうに振る舞われ、若手に対して自分から声をかけるようなことをしない人が多い。これは、企業の方からもたびたび聞くことであるが、大学教授っていったい何様だと思ってるんだ、という感じである。社会から隔離され、研究室という狭い狭い穴ぐらに住み慣れると、自分が王様か何かのように勘違いしてしまうのである。王様は王様でも裸の王様である。どこの誰とはあえて言わないけどね。


 その点、白川先生は誠に紳士な学者肌の先生で、白川先生といえば世界中で知らぬものはいないほどの大御所の大先生なのであるが、誠にすがすがしい態度で我々に接していただいた。私は心から白川先生を尊敬し、お話しさせていただいた瞬間瞬間を今でも思い出すことができるぐらいである。


 不思議なことに、これほど人間的に立派で、学者として学術的にもノーベル賞級のお仕事をされているのに、日本化学会からなんの賞も授与されていないのである。多分、大胆にもこのことについて公の場で言及するのは、私が初めてではないかと思うのであるが、多くの方々も不思議に思っているに違いない。ひょっとしたら学会のことを知らない一般の人は、日本化学会賞というのはノーベル化学賞よりもらうのが難しいのではないかと、勘違いされるかも知れない。


 日本化学会より会員数が少なく、規模の小さい高分子学会というのがあるが、こちらからは高分子学会賞、および功績賞を受賞しておられる。当然だけどね。化学会では急遽「特別賞」というのを新に作り、贈呈するそうであるが、これってなんかこっぱずかしいですよね。これまで業績を評価せずにノーベル賞をもらった途端ですもんね。どうせなら、この特別賞を白川賞とでも名付けて、化学の分野で特に顕著な業績を上げた人たちに対して贈り、化学会最高の賞と位置づける、ぐらいのことをしないとね。


マクダイアミッド先生について
 マクダイアミッド先生は御年73歳。日本ならとっくの昔に定年退官されている年齢である。名実ともに導電性ポリマーの父である。といっても、日本の大学教授のように偉ぶることもなく、我々若手を実に大事にしてくださり、いつもにこやかに接してくださる。

 数年前にペンシルバニア大学の研究室にお伺いしたときも、デバイスのデモを含めた私のセミナーの後、コングラチュレーションズと行って握手された。我々の研究成果を非常に高く評価してくださったのである。その後の個別のディスカッションの際にも、好奇心あふれるそのキラキラした目で核心に触れる質問をされ、研究に対する熱い情熱がひしひしと感じられた。

 日本の大学教授の多くは55歳を過ぎた辺りから活力が急に無くなり(最初からない人も多いが)、目は冷凍サンマのようによどみ、輝きを失ってしまうのである。


 先生の精神的な若さは、研究に対する情熱とそれを受け入れる大学のシステムにあると思う。アメリカでは研究費を持ってくれば、定年後も大学から給料はでないものの、研究室を使用することが許され、ポスドクなどを使って研究を続けられるのである。だから、先生のように生涯現役研究者が多いのである。


 また、先生は講演の際、いつもユーモアに満ちあふれサービス精神がおう盛で、いつも聴衆を楽しませることをお考えである。昨年、米沢で機能性ポリマーの国際会議を開催した際にも、招待講演をお引き受けいただき、山奥までおいでいただいた。二日間ほど滞在されたのちに、次の国際会議に旅立たれ、いまだに世界中を国際ビジネスマンのように駆け回っておられるのである。知的好奇心レベルの高さから、体力まで、この先生は若いのである。日本の大学教授よ見習え、と言いたい。

 

ヒーガー先生について
 π共役ポリマーELを始めたのはケンブリッジのフレンド教授らであるが、その後いち早くこの分野に目をつけ、フレンド教授らと共にポリマーELの分野を切り開いたのがヒーガー教授である。今回の3人の受賞者の中では最もポリマーELの分野に対して貢献されたのではないだろうか。また、導電性ポリマーの分野においても分野を学術的、政治的に積極的に牽引され、研究分野を広げられた功績は3人の中でももっとも大きいと思う。


 UNIAXという導電性ポリマーに関するベンチャー企業を立ち上げ、それを最近デュポン社に売却したことを御存知の方も多いかと思いますが、ビジネスマンになっても先生は成功したんじゃないでしょうか。ちなみに、UNIAX社の名前の由来はuniaxialからとったとのことです。


 受賞発表の翌週に、バンクーバーで開かれた国際会議で御一緒させていただき、酒を飲みながらいろいろと今回の受賞に関する逸話を聞くことができた。発表の翌日から受賞祝いのメールが届き、2日間で500通を超えたとのことでした。実は私もその一人で、すぐに返事があったので、「秘書が返事を書いたんでしょう」と、つっこむと、「いやいや、あれは全部自分で返事したんだよ」とのこと。朝からメールに返事を書き続け、昼になったので近くのレストランで昼食をとろうとドアを開けると、若い美人のウェイトレスがハッグ(抱きしめること)して、「ノーベル賞おめでとうございます、今日のランチは私のおごりです」と、言ってくれたそうで、「ノーベル賞もらってよかった」と笑っておられた。お茶目なところがあるんですよね、この先生。

 

ヒーガー先生    ヒーガー先生も昨年の米沢での国際会議に出席していただいた。夜の懇親会では自ら「城戸の努力と会議の成功に乾杯」と、乾杯の音頭を取っていただくなど、会議中は昼も夜も御活躍いただいた。
 写真はバンケットでのスナップ写真であるが、当研究室の学生は仕事そっちのけで、私の知らぬ間に肉を食らい、酒をのみ、ヒーガー先生と記念写真などを撮っていたのである。私と一緒に写っている写真など見向きもしないくせに、この写真だけは家宝にするとのたまわってるし、今度来られたらサインしてもらうとほざいている。このミーハーめ。

 

 この国際会議には白川先生御本人には都合で参加いただけなかったものの、研究室の学生さんに参加いただいた。だからノーベル賞受賞者2.5人の参加である。この会議の開催にあたっては、文部省や山形県、米沢市などから金銭的な援助を得たのであるが、そのお願いの際に、ノーベル賞級の科学者が多数参加するとハッタリをかましていたのであるが、それが本当になって私を含め関係者は大喜び。


 他にも、バイオの分野、光材料の分野、電子材料の分野で世界中からこの米沢に世界トップレベルの研究者が集い、たぶんこのご両人以外にも将来、ノーベル賞受賞者が現れると予想している。


ノーベル賞を身近に感じる今日このごろである。

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